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愛車と人生

ND増車に伴い多くの方々に祝辞を頂きました。この場をお借りして御礼申し上げます。

増車を決意、浮気?と自己分析しつつも(苦笑)でもやはり今のNAに対しても思い入れは強いと改めて感じます(人世の3分の1は一緒ですし)。

クルマの趣味全般的にと言い換えることができるかもしれませんが、それを端的に記したものが5年程前に記載したブログにありましたので、加筆訂正して再掲載したいと思います。

気がつけば今の我が愛車に乗り続けて早11年半が経過しました。20代前半のフレッシュな気分もそのままに、今もなお「就職してから初めての愛車」な訳であります。

改めて我愛車の来歴を記せば マツダの初代ユーノスロードスターが日本でデビューしたのが平成元年9月1日。それから3週間後に最初のオーナーさんが乗り始めたのが車体番号2185番の我愛車な訳で、今や2年後には発売30周年となるロードスターの歴史は、まさに我愛車の歴史な訳であります。

と、密かな自慢でありますが 、一方で化石だのシーラカンスだのと言われ、時代遅れの旧式、ポンコツと揶揄され、新型ロードスターとか、他のクルマに乗り換えたら?とか、まあ自分が乗りもしない外野は、責任も無いので好き放題、言いたい放題なのであります。

まあ、確かに新しいロードスターならば 色々な修理の必要も無いでしょう。旧式の1600ccのB6エンジンと比べたら排気量1500cc、RFの2000cc等々現行エンジンでも、何もしなくても十分に早いです(もちろんチューニングの余地は別にあるとして)。

また、昨今流行りのハイブリッドやら、エコカーやらの軽コンパクトカーに乗ればガソリン代も浮きます。そこそこ人数の乗れるクルマならばファミリーカーとしても活躍できるでしょう。

何を隠そう我両親も、そろそろロードスター自体を卒業して嫁さんでも見つけて落ち着いたらとか、孫の顔でも見せてくれい。とか時折言う訳です。

まあ、それはそれで良いと思います。楽しく幸せな人生となるでしょう。現にそうして家庭を築く方々の方が多いですから、むしろ健全かもしれません 。

でも、ふと考えるのはそれで自分自身が楽しいのか?満足した人生となるのか?という点(決して家庭持ちを否定する訳ではなく、1独身者の立場として)

時には失敗もし、爪に火を灯しながらも 壊れたら直し、あーでもないこーでもないと試行錯誤を重ねつつ少しずつ改良・整備・手直しを加えて行く…

ファッションだの、パソコンだの、ゲーム機だの、飲む、打つ、買うと世間には様々な誘惑もありますが、それらには一切目もくれず、次の一手を考える。自分に出来ることは自分でやり、出来ない部分はショップに任せつつも効率化を図る(元を正せば今の仕事についたのもクルマにはまったから、クルマ関連をしたかったからというもの)

そんな感じで仕上げた愛車で、誰に頼まれた訳でもなく、強制された訳でもなく こちらの世界とあちら側の世界の境界線のごとき、人里離れた夜景鑑賞ドライブスポット兼某魔界村に向かい、妖しげな独特の空気の中、単身アクセルを踏み込む。

普段は使わない高回転域迄、エンジンをきっちりと回す。そこから奏でられるエグゾーストノートを耳にしつつ 、1tを切る車重と並外れた旋回性能を武器に、並み居るえげつないコーナーを精神をすり減らしつつ、かつて抱えた剣道の古傷の左膝の痛みも忘れてパスする…

タイヤ代、オイル代、ガソリン代、そして各消耗品費等を考えれば 改めてクルマはお金のかかるものです。そこはバランスが大切です。しかしながら一度そう言った走りの魅力に取り憑かれたならば、 そう簡単には抜け出せません。

来る者を拒まず、去る者は追わず…。

一筋の道がある限り、魅せられた者だけが走り、降りる者は降りて行く。

終わり無き道を、自分自身とその愛車で走る。それが走りの道です。

単なる自己満足と言われるかもしれません 。しかし価値観の多様性や混迷化が進んだ今の世に、何もやりたいことがないと言う輩が増える中で、形はどうあれ、何等一つも満足の得られない人生に何の意味がありましょう。

はじめから諦めて何もしないのなら、自分等は何の為に生まれたのか?

これから先、いつまでロードスターに乗れるのか?いや、そもそも古傷を抱えたまま、いつまでマニュアルを運転出来るのか?それはわかりません(まあ、仮に左膝がダメになっても、残った右足だけでオートマでも走り続けるつもりですが)

例え走れなくなる時が来ても、年をくって寿命を終えるか、あるいは、それよりも早く、人生を終える時が来ても、「ああ、 あん時はあの赤いクルマで、あちこち走りまくったなあ」と思い出すことが出来れば、それはそれで良いかなあと思います。 そんな感じで毎日通勤でもハンドルを握っております(笑)