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大聖寺城址

 贋金造りの洞穴の脇を登っていく。

 錦城山(古城山)の一帯が大聖寺城址(左写真)なのである。

 もともと鎌倉期に狩野氏が築いたとされ、織田信長の加賀侵攻後は戸次広正、堀江景忠・景実父子、佐久間盛政などが配された。さらに拝郷家嘉、溝口秀勝、山口宗永とめまぐるしく代わり、関ヶ原後は前田家の家臣が城代を務めたが、1615年に廃城。

 1639年に前田利治が7万石を分けられて大聖寺藩を立て、跡地に藩庁として大聖寺陣屋を設け、明治維新まで続いた。

 山中には本丸、郭、土塁などが点在している。

 山を下りて、時鐘堂(中写真)へ。

 もともと2代藩主・前田利明が1667年に建てたもので、鐘を搗いて時刻を知らせていたというが、1934年の大火で焼失。

 現在のものは2003年の再建。

 その近くに深田久弥生家(右写真)がある。

 深田印刷の建物の前に生誕地の碑がある。

 つい最近まで、弟の弥之介氏が印刷屋をつづけていたという。